エジプトの保健医療全般の水準は改善しており、地中海東岸地域の平均と比較しても高水準にある一方、保健システムは多くの課題を抱え、公的医療サービスの質も低く、国民が求めるレベルの保健医療サービスを提供できていない現状がある。そのため、公的医療機関の医療費は無料もしくは安価であるにも関わらず、脆弱層も高額な民間の保健医療サービスを選ぶ傾向にある。エジプトの医療費の患者自己負担はと高く、最貧困層でも、家計の21%を医療費に充てていることや、国民全体の2割が医療費の支払いにより家計破たんをきたしていることが報告されている。
エジプトにおける旧来の医療保険制度は、公務員、公共・民間企業労働者、学生(中等以下)、就学前幼児等の対象者により異なる法律・制度に基づき設立されており、制度間でのサービス格差、負担率格差、国全体での医療保険行政の硬直化といった課題が生じている。また、家庭内未就労者(就労していない配偶者、大学生等)、失業者等が加入非対象であること、中小企業が任意加入であることから労働人口の2/3が未加入となっておりエジプト全体で50%台と低加入率も課題となっていた。
エルシ―シ大統領により社会保障全般の見直しが行われる中、医療保険についても高い加入率と質の高い保健医療サービス提供を行う、新国民皆保険法(2018年)と国民皆保険制度(Universal Health Insurance System。以下「UHIS」という。)が、2032年までに段階的(フェーズごと)に導入されることとなった。
医療保険全体を支えるために、近年国民皆保険機構、病院機構、認証基準機構が新設され、UHISの導入第1フェーズの最初の県としてポートサイード県が選定され、導入が開始されている。しかし、上記3組織は、制度設計、人材育成等について多くの改善点が指摘されており、また、2020年の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大は、COVID-19以外の症状・疾病での医療施設の受診控えや、観光業等の主要産業への影響に伴う経済の停滞と貧困層の増加を引き起こしており、国民皆保険下での質の高い医療サービスを提供するという目標にとって新たな課題も生じている。
JICAはこれまで、本邦への招聘、現地セミナー等を通じて我が国の国民皆保険制度導入や運営にかかる知見に基づいた協力を行ってきており、本件業務は、これらの協力に基づいたものであり、ポートサイード県において、保険加入者管理、請求(請求審査・支払い)管理の運営能力向上、保険料徴収システムの強化を促し、UHIS運営能力を強化する。そしてその上で、上記徴収活動成果をUHIS導入第1フェーズ対象の他5県へ展開・政策へ反映させることにより、UHIS導入第1フェーズ6県でのUHISが利用可能となることを目的として実施される。